人の体験においては,知覚様相(視覚,聴覚,触覚,嗅覚,味覚,体性感覚など)ごとに異なる時間の流れが関わっている.たとえば,視覚においては,網膜に刺激が与えられてから知覚が成立するまでに約100
ミリ秒(0.1秒)の遅れがある.聴覚刺激の処理はそれよりも数十ミリ秒速い.したがって,音刺激と光刺激を同時に提示した場合,光に先行して音が鳴ったように感じられる.
このように,知覚の様相によって処理時間が異なる時,事象のタイミングや生起といった時間に関する事柄について各様相から得られる情報はどのように統合されるのだろうか?この問題はまだ十分に解明されていないが,視覚と聴覚に関しては,視覚よりも聴覚の情報が優先されることが多いようである.たとえば,短時間に光点(視覚刺激)を何度か提示し,それよりも多い回数ビープ音(聴覚刺激)を鳴らすと,ビープ音の回数だけ光がフラッシュしたように知覚されることがある.この際,大脳の視覚処理を行っている部位の活動を記録すると,聴覚刺激に対応して興奮していることも確認されている.これは,時間に関わる情報の処理に不正確な視覚情報処理がより正確な聴覚情報処理によって影響を受ける例と考えられる.